平凡な人生
福島県郡山市出身。短大卒業後はしばらく保育士として働く。二人目の妊娠出産を機に退職し、夫の出身である田村市に定住。現在は二児の母である。
つい先日、偶然にも担当していた子どもの親御さんを見かけた。ふと隣を見ると、お母さんと背丈が同じくらいの娘ちゃんの姿があり、時の流れの早さに驚いたがおもわず笑ってしまった。歩くのもやっとであった子が何気ない幸せそうな日々を過ごしている…たまらなく嬉しい瞬間であった。
「わたし」のはじまり
親が共働きだったこともあり、小学校に入学するまでは、ほとんどの時間を祖父母宅にて過ごす。小学校に入学してからも、長期休みには毎日祖父母宅にて過ごしていたくらい、おばあちゃんっ子である。夏休みに実施されていた小学校でのプールにも一度も参加したことがない(笑)平日は自宅に一人で留守番。学童に何度か通ったこともあるが馴染めず、親に相談してやめた。小学1年生にしていわゆる鍵っ子になった。今現在、私にも小学1年生の娘がいるが、一人で自宅に留守番させるなんて不安しかない(笑)
一人で留守番となると、雷が鳴り響いても怪我をしても自分でどうにかするしかなく、その環境もあって私は強くなった気がする。真面目過ぎる性格もここから始まった。
自分にではなく、誰かのために
学生時代は特に何も起きず、ただ平凡な日々を過ごしていた。人見知りなため自分から前にでるようなタイプではなく輪の外側から眺めている人生ではあったが、それが嫌だったわけではなく、そこから観察しているのが楽しかった。今も人間観察は好きである。相手が今求めていることへの最善の対応ができると気持ちがいい。誰かのために何かをすることが昔から好きだったのかもしれない。
一歩を踏み出してみる
妊娠出産を機に夫の出身である田村市に定住したが、子どもに関する施設がほとんどないことに驚く。何も無さ過ぎて愚痴ばかりが出てしまったが、夫との会話のなかで「作ればいいんじゃない」との言葉を聞いて、スッと腑に落ちた記憶がある。それから少し経ったころにSwitchの地域起こし隊の求人を見つけ「これだ!」と思ったが、私には手の届かないものに感じ諦めてしまった。
別の仕事に就いたものの、やりがいや達成感が感じられずモヤモヤとした日々が始まる。いろいろと考えを巡らしていくうちに、内向的な私が珍しくやったことがないことにチャレンジしてみるのもいいのかもと思い、心がワクワクし始める。そしてSwitchとの仕事に出会った。
ワクワクする人生を目指して
まずは話を聞くだけとお邪魔したのだが、話を聞いていくうちに心がよりワクワクしていった。今までやってきた仕事とは全く違う分野になるが、素直に楽しそうだと感じた。面白いことがないと思っていた田村市に楽しめる場や機会を作るお手伝いが私にもできるかもしれないと思ったら、チャレンジしてみるのもいいかもと。
まだまだ何の力にもなれていないが、自分の暮らす町が楽しくなっていくように、そして子どもたちがずっとここで暮らしていきたいと思える町づくりのお手伝いをしていきたい。